将来やりたいこと決まってますか?
小さいとき、「大きくなったら野球選手になりたい!」「ケーキ屋さんになりたい!」とかいろいろ言ってましたよね。
それが時が経ち、いろいろなことを知って、思いが強まったり夢が変わったりしているでしょう。
目指すものが決まっていればそこに向かってまっすぐ歩いて行ける、夢がはっきりしているほどその歩みは力強いものです。
一方で、「何がやりたいのか分からない」「なりたいものがない」という状態になる人も多いです。
夢を決めることのメリットは、「今自分がやっていることが将来の夢にどう活きるか」という視点を持つことができるという点です。
例えば二次関数という単元に入ったとき、「こんなギューンって曲がったグラフが将来何に使えるんだよ」と思いながら勉強するのと、「将来大学に行くために自分は入試を勝ち抜かなきゃいけない。この単元は入試に出る内容だからしっかり理解しないと」という意識で勉強するのとでは、取り組みの姿勢も違ってきます。
まず夢を決める?
では将来の夢をまず決めた方がいいのでしょうか?
中高生のうちに具体的に将来なりたいものが決まっているというのは、幸運なことです。
例えば「小さいころ重い病気を患って、手術してくれた医者に憧れた」「家が火事になって消防士に助けられて、消防士になりたくなった」といったきっかけは、なかなかないことです。
多くの場合、身内がやっている仕事や、日常生活やテレビなどで知って興味を持った仕事を、「あ~こういう仕事やってみたいかな~」ぐらいのふわっとした気持ちで思い描くものです。
そういう興味が持てるものに中高生のうちに出会えるかどうかも、確実ではありません。
いろんな職業を紹介した本などで調べてみても、強い情熱を抱けるほどのものが見つかるとも限りません。
だから、無理に決めようとしても決まるものでもないし、いくらでもコロコロ変わって当たり前ってもんです。
受験は待ってくれない
じゃあ夢決まらないからなんとなくやっとこう、と思っていると、近い将来にリスクを抱えることになります。
中3の冬、ほとんどの人は高校を選ぶことになります。高3の冬、大学やその他の進路を選ぶことになります。
そして、受験では将来の夢を持っているかどうかなんて関係ありません。
ずっと一つの夢を追いかけて頑張ってきた人も、なんとなく受験を迎えた人も、同じテストを受けて、その点数で比べられてしまいます。
残酷な話ですが、ほとんどの受験は人より得点できたかというシンプルな数字の競争ですから。
そのうち見えてくるかも
この世に自分がやりたい仕事は存在しないのかというと、そんなこともない気がしません?
まだ知らないだけかもしれませんよね。
英語を勉強していたら外国の本が読めるようになって、翻訳家になって日本人に紹介したくなる
数学を勉強していたらミレニアム懸賞問題を目にして、人生をかけて挑んでみたくなる
社会を勉強していたら政治に興味が出てきて、政治家になりたくなる
どういうきっかけで何を目指すかなんて誰にも分かりません。
勉強していろいろな世界を知って、いろいろな情報を組み合わせて考えてみることができるようになるかもしれません。
そして、いざ目指すものが見つかったとき、「勉強ができる」という力は、その夢を選べるかどうか、その世界で高いレベルに行けるかにかかわってきます。
ですから、将来何をやりたいのか見つけるために勉強する、やりたいことが見つかったときにそれを選べる力をつけるために勉強しておく、という考え方はどうでしょう。
勉強は、選択肢を増やす手段
勉強をするために勉強するのではありません。
勉強してるから偉い、勉強してる人が価値があるというわけでもありません。
勉強ができるということは、ほとんどの人にとって、やりたいことをできるようにするための手段です。
簡単に言いましょう。
ある大学の合格点が600点だったとします。600点取れる人は、その大学に行くという選択肢を選ぶことができます。600点取れないと、その大学に行くことは選べません。
資格がないとできない仕事を選ぼうというとき、資格試験に合格できるかどうかは、その仕事をできるかどうかを直接左右します。
こういう話をすると、そういう仕事を選びたくなるかなんて分からないじゃないか、という意見もあるかもしれませんが、そういう仕事を選ばないかどうかも同じくらい分からないですよね。
なら、自分から選択肢を狭くするのはもったいなくないですか?